ニュージーランド→長野県白馬村→カナダ。 長い旅の末に掴んだのは人生の楽しみ方。

15 July 2021

デザイナー、インフルエンサーとして活躍している岡田みづきさん。24歳のときスノーボードに出会い、そこから長い旅を始めます。

CONCEPT

『your solo trip』
otii®︎における"旅"とは従来の言葉の意味とはやや異なり、"日常と非日常を往来すること"です。馴れ親しんだ日常から少し離れて、自分を見つめ直す時間を持つこと。旅行はもちろん、読書や運動、隣町へ出かけることすら"旅"であるとotii®︎は考えます。

otii®︎の理念に共感してくれたゲストに、
”旅”をテーマにお話を伺いました。

岡田みづきさん

医療事務の仕事に従事後、スノーボードの競技者として活躍。現在はスノーボードをこよなく愛するDTP・WEBデザイナーとして活躍中。

ニュージーランド→長野県白馬村→カナダ。長い旅の末に掴んだのは人生の楽しみ方。 

ーーーースノーボード・インフルエンサーとしても活躍しているみづきさんですが、学生時代からアクティブな方だったのでしょうか?

全然違いますよ。学生時代は遊ぶことに必死でしたし、今みたいな仕事をする前は、医療事務をしていたのですが、たぶん・・・、目が死んでました(笑)。一応、スノーボードは高校時代に校外学習で一度やったことはあったけど、ハマってはいませんでしたね。けど、社会人になって友達が増え、スノーボードに行く機会が増えると、ちょっとずつ自分が変わっていくことに気づいた感じです。なんか、少しずつスノーボードがうまくなっているのが分かるんです。転んでも楽しかったし。

 

ーーそのころから変わっていった感じですか?

そうですね。年も年だったんで、本気で競技に打ち込むか迷ったんですけど、「どうしても上手くなりたい」と思って、ニュージーランドに行くことにしました。その前まで、自分が何をしたいのか分からなかったのですが、「これかな」と初めて思えたんです。

 

ーーーーけっこう大きな決断だったのではないでしょうか?

どうしても上手くなりたかったし、スノーボード界に憧れの人もいたんです。広野あさみさんです。かわいくて、美人なのにすごくスノーボードが上手で。そのコーチもしていた坂西翔さんが「ニュージーランドのアクティブキャンプで教えてくれる」と知ったので申し込んじゃいました。 

 

ーーーービックエアー・スロープスタイル競技で平昌オリンピックにも出ていた「広野あさみさん」ですね。

はい。実はニュージーランドのアクティブキャンプ中、一緒に滑ったんです。アクティブキャンプのプログラムでいろんなゲレンデに移動するんですが、たまたま広野さんも練習しているところに出くわして・・・
コーチの坂西さんが話しかけたら、一緒に滑ることになったんです。

 

ーーーー緒にやってみて、どうでしたか?

全然、違いました! スロープスタイル競技の中に、スノーボードでレールに乗ったりするジブって動きがあるんですが、その動きが本当に軽やかで、空を飛んでいるみたいなんです。
普通だったらできない体験や、出会いがあって、「自分が知らなかっただけなんだな」と思うようになりましたね。
こういう夢みたいな環境っていうものがあるし、「自分が変わることができる」っていうことも最初のニュージーランドで知ったと思います。

 

ーーーーそのあとはどうされましたか?

本気で競技者として打ち込むために、長野県の白馬村に住むことにしました。夜は居酒屋で働いて、帰ってきてすぐに寝て、次の日6時に起きて練習する。そういう生活を3年間続けました。3年間は打ち込むと決めて、練習とアルバイト以外は何もしなかったです。

 

ーーーー大会等では結果を残すことができたでしょうか?

全日本にも毎年出場していたのですが、3年目に大けがをしてしまったんです。
1年目、2年目と違って、新潟での初めての大会でした。悪天候で風も強くて、何度も大会進行が止まったりしていた中だったので難しかったです。「怖いなあ」と思いながら、恐怖心を持ちながらスタートすると駄目ですね。
大けがになってしまいました。前十字靭帯断裂です。

 

ーーーー最後の大会だと考えていたと思うのですが、そのときはどう感じていましたか? 

半年間リハビリをしていて、いろいろ考えました。実は一番考えたのは「楽しむ」ってことです。3年間、練習ばかりで何も楽しんでなかったなって。努力はしたけど、楽しむっていうのにはならなかった。
せっかく白馬に住んでいるんだから、ゆっくり散歩したり、カフェとかに行く時間とかも作ればよかったんですよね。けど、おすすめのカフェもなかったんです。探せばいくらでもあったのに・・・。

 

ーーーーそれが次の旅、カナダのウィスラーにつながるんですか? 世界一のスキー場とも言われているところですよね。

はい。英語の勉強もしたかったので、ワーキングホリデーを使って、カナダに行くことにしました。
大けがをして、スノーボードを続けるかどうかも考えたんですが、「自分からスノーボードを取ったら何が残るんだろう」って思ったんです。
最初はスノーボードが楽しかったのに、ただ練習するだけになっていたのも違ったなあと感じてました。
もう一度楽しくスノーボードをしたいと思いましたね。

ーーーー実際、カナダに行かれてどう感じましたか?

日本だと、コースが厳密だったり、入っちゃいけないところも多いんですが、カナダだとあんまり規制されてないんですよね。
そこが一番楽しかったし、本来のスノーボードの面白さみたいなものを感じられたところでした。
ゲレンデ内にも、バックカントリーな雰囲気のところがいっぱいあって、手つかずの自然とかがそのままあるんです。
コースも厳密じゃないし、山の裏側からコースに戻ってこれたりして。
そういうところには人もいないし、自然を直に感じられるんです。
現地の方と仲良くなったりして、いいポイントを教えてもらったり。
ジャパニーズレストランで働いていたので、日本人の方とも多く出会ったのですが、志が高い人が多いというか・・・
本当に楽しかったです。

 

ーーーー長い旅の終わりみたいな感じもしますね。そのあとは現在につながるお仕事をされているのでしょうか?

はい。スノーボード活動をスポンサードしてくれる企業様がみつかりましたし、フリーでデザイナーも始めました。
実は小学校とのときから、漫画とか、絵を描くのが好きだったんです。池山田剛先生とか、春田なな先生とか好きで。
そのときは自分でホームページとか作って、漫画を掲載していたのに、いつの間にかそういうことを諦めていました。
けど、スノーボードを通じて変わった気がします。
スノーボードで出会った広野あさみさんも春田ななが好きだったので、その話で盛り上がったんです。そのときにあさみさんを少女漫画風にした似顔絵を描くと、すごく喜んでくれました。
ほかにも、つるの剛士さんの似顔絵を描いてネットにアップしたら、ご本人が反応してくれるし、自分が何かをすれば変わるんだなって感じがします。イラストやデザインの自信にも繋がりました。
たぶん、スノーボードをしていなかったら、旅に出ていなかったら、できる範囲のことしかしていなかったと思います。
医療事務の仕事を続けていたと思うし、今みたいな状態にはなっていないと思います。
いろんなことをしてきましたが、今、とても楽しいです。







 

[ GUEST ]
NAME : 岡田みづき
INSTAGRAM : miichan32
JOB : digital creator

[ INTERVIEWER / WRITER ]
NAME:HWANG
TWITTER: @juan1979
AGE : 42
AREA : CHIBA
JOB : FREELANCE WRITER
PROFILE:
大学卒業後、広告代理店、通訳等を経てフリーライターに。著「【内田篤人】夢をかなえる能力」(ぱる出版)

 

 

 

Liquid error: Could not find asset snippets/relatedblogs.liquid